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雑司が谷七福神めぐり
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a0134276_214236.jpg【一;大黒天】 開運・福徳
 雑司ケ谷鬼子母神 (豊島区雑司が谷3の15の20)
  拝殿・相の間・本殿からなる豪壮なお堂が深い木立の中に
  どっしりと構え、江戸後期には将軍のお成りもあったという
  歴史と格式を感じさせる。
  大黒堂に祀られる大黒天は鬼子母神の夫神に当たる。
  鬼子母神 ⇒ ホームページ

a0134276_21425910.jpg【二;恵比壽神】 招福・繁栄
 大鳥神社 (豊島区雑司が谷3の20の14)
  正徳2年(1712)痘瘡除けの神として創始、
  以来雑司が谷一帯の氏神として崇敬されている。
  江戸時代から続く酉の市は雑司が谷の風物詩の一つ。
  地誌によれば、創始時には恵比寿神が合祀されていた。
  大鳥神社 恵比須神について ⇒ 宮司様御寄稿 

a0134276_21452687.jpg【三;毘沙門天】 富貴・擁護
 清立院 (豊島区南池袋4の25の6)
  約770年前、真言宗・清龍寺として創立。
  後に村を疫病から救った雲水が日蓮聖人像を
  寺に残したことから日蓮宗・清立院と改める。
  雨乞いと皮膚病の祈願寺として尊崇された。
  木彫毘沙門天像は区指定文化財。

a0134276_2146089.jpg【四;吉祥天】 安寧・息災
 清土鬼子母神 (文京区目白台2の14の9)
  雄司ケ谷鬼子母神堂に祀られている鬼子母神尊像は
  清土のこの地から出土した。
  清土出現所とはここからついた名前だが、
  地元では親しみをこめて清土鬼子母神と呼んでいる。
  吉祥天はこの鬼子母神の娘神である。

a0134276_21461592.jpg【五;弁財天】 学問・芸術
 観静院 (豊島区南池袋3の5の7)
  昔は一面の梅林で、中に天神堂があり
  加藤清正はご神体を供奉し、文禄・慶長の役を全うする。
  後年尊像はこの地に還るが、元の梅林は拓かれ
  当院が創設されていた。
  芸事上達祈願の神・弁財天を祀る。

a0134276_21463444.jpg【六;布袋尊】 財福・円満
 中野ビル (豊島区南池袋2の12の5)
  中野家は大阪城の石材供給地小豆島の出身である。
  7代目は布袋尊を護持し、皇居の二重橋や
  国会議事堂等の石造建築を手掛けた。
  尊像は戦火を被ったが、
  今は池袋復興のシンボルとして地域に親しまれている。

a0134276_21465054.jpg【七;福禄壽】 幸福・延命
 仙行寺 (豊島区南池袋2の20の4)
  江戸時代初期創立、小石川・白山にあった善行院と
  隣接の仙応院が合併して仙行寺と改称、今日に至る。
  戦災により全堂宇を焼失したが、石造浄行菩薩像のみが残る。
  木彫妙法福禄寿像を安置する。



雑司が谷七福神色紙(一枚500円)
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[取り扱い]
● 雑司が谷案内処(ケヤキ並木参道)
● 鬼子母神堂
● 大鳥神社
● 清立院
   詳細下記参照
雑司が谷七福神色紙取扱い処ご案内(一枚500円)
★雑司が谷案内処 
  所在地:豊島区雑司が谷3-19-5
  電話:03-6912-5026
  開館時:《通年》10:30~16:30
  休館日:毎週木曜日(但し、祝日は開館)

★雑司ケ谷鬼子母神堂
  所在地:豊島区雑司が谷3-15-20
  電話:03-3982-8347
  開門時:《年中無休》10:00~16:00

★大鳥神社 (色紙の販売は、正月三が日はご容赦下さい)
  所在地:豊島区雑司が谷3-20-14
  電話:03-3971-6034
  扱い時:《通年》10:00~16:00

★清立院 (色紙の販売は、不在時はご容赦下さい)
  所在地:豊島区南池袋4-25-6
  電話:03-3971-8964
  扱い時:《通年》10:00~16:00


交通機関〔雑司が谷案内処及び鬼子母神堂〕
  ● JR山手線「池袋駅・目白駅」より徒歩11分
  ● 地下鉄副都心線「雑司が谷駅」1番出口より徒歩2分
  ● 地下鉄有楽町線「東池袋駅」より徒歩9分
  ● 地下鉄有楽町線「護国寺駅」より徒歩20分
  ● 都電荒川線「鬼子母神前」停留所より徒歩2分
  ● 池袋駅東口から都バス渋谷駅東口・練馬車庫前行きに乗車「千登世橋」停留所より徒歩4分
  ● 目白駅前から都バス新宿駅西口行きに乗車「鬼子母神前」停留所より徒歩4分


雑司が谷七福神地図(クリックすると拡大します。)
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協力 「雑司が谷案内処」評議委員、「雑司が谷七福神の会」常任理事 建持直樹


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by kishimojinstreet1 | 2012-12-29 12:50 | 雑司が谷七福神
雑司が谷 大鳥神社 大祓、茅野輪神事について
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≪大祓について≫
 大祓は、我々日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活をいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としています。
 この行事は、記紀神話にみられる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を起源とし、宮中においても、古くから大祓がおこなわれてきました。中世以降、各神社で年中行事の一つとして普及し、現在では多くの神社の恒例式となっています。
 年に二度おこなわれ、六月の大祓を夏越(なごし)の祓と呼びます。大祓詞を唱え、人形(ひとかた・人の形に切った白紙)などを用いて、身についた半年間の穢れを祓い、無病息災を祈るため、茅や藁を束ねた茅の輪(ちのわ)を神前にたてて、これを三回くぐりながら「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというなり」と唱えます。また、十二月の大祓は年越の祓とも呼ばれ、新たな年を迎えるために心身を清める祓いです。


≪茅野輪神事について≫
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 茅輪神事は、「ちのわしんじ」と訓む。茅輪をくぐり超えて罪穢れを除き、心身の清浄ならんことを祈請するので、「輪越(わごし)祭」 「茅くぐり」とも称する。茅とは、ち、かや、ちがや、であって、菅(すげ)、薄(すすき)など、多年生草木の総称である。

 茅輪の起源については、釈日本紀七に、備後風土紀逸文を引用して、次の如き事柄が記してある。
『即ち、神代の昔、武塔(ぶたふ)神(素箋鳴尊)が、南海の方へお出になる途中、或る所でお泊りにならうとして、士民の蘇民将来(そみんしょうらい)、巨旦将来(こたんしょうらい)と云ふ兄弟に宿を求められた。その時、弟の巨旦将来は裕福な身であったにも関わらず、宿を拒んだのに対し、兄の蘇民将来は貧しい身であったが、尊をお泊めし、粟柄を以て座を設け、粟飯を饗して御待遇申し上げた。
その後、年を経て尊は再び蘇民将来の家を訪れ、「若し天下に悪疫が流行した際には、ちがやを以て輪を作り、これを腰に著けてをれば免れるであらう。」と教へ給ふた。』

 この故事に基づき、蘇民将来と書いて、これを門口(かどぐち)に張れば、災厄を免れるといふ信仰が生じ、また祓の神事に茅輪を作ってこれをくぐり超えるやうになったのである。茅輪の作り方については、和訓栞に、「茅の輪を云ふ。輪二丈六尺、囲八寸、藁を以て造り、茅を中心とし、紙を以て纏(まと)ひたる者也。」とある。これを参考にして適宜に作ればよい。

 茅輪神事は、一つに「夏越(なごし)祓」とも「名越祓」とも書く。六月三十日の大祓当日、又は、旧六月三十日前後、神社の夏祭りに付随して行ふ例が多い。夏越と称するのは、旧暦によると、六月の晦は、四、五、六月が夏であるから、夏越しに当たるとせられる。またなごしは「和ごし」「和儺(なごし)」で、人の心を和やかにするのであると云ふ説も存する。
 即ち、禍を除き、人々の不満を除けば、平和になることが出来ると説くのである。又菅貫(すがぬき)ともいひ、菅抜とも書く。茅輪をくぐり抜けるからの名である。

 要するに茅輪も、最初は各自が腰に着ける程の小さいものであったが、時代を経るにつれて大きくなり、社頭にこれを設け、或は鳥居や神門などにとり懸け、これをくぐり超えて祓除を行ふやうになって今日に及んだのである。茅輪神事には、古来別に定まったものが無く、それぞれの神社の慣例によって行はれている。

設置期間;12月30日前後~1月10日前後
大鳥神社 宮司 清水雄介
(雑司が谷大鳥神社  東京都豊島区雑司が谷3-20-14 地図>>
大鳥神社(宮司様御寄稿) ⇒ こちら

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by kishimojinstreet1 | 2012-12-28 16:11 | 大鳥神社
雑司が谷 大鳥神社 恵比須神について
大鳥神社 恵比須神 御由緒
 大鳥神社が江戸時代に法明寺鬼子母神堂境内に鎮座していた頃、恵比寿神が合祀されておりましたが、明治の神仏分離によって現在の地にご鎮座されました以降はその行方は分からなくなってしまいました。
 ところが、都営副都心線の開通で雑司が谷駅が開設された事により、地域の興隆を期して雑司が谷七福神の会が創設され、大鳥神社も七福神の一祭神を担う事になりました。
 そこで、江戸期には合祀されていた恵比須神をお祀りする事になり、えびす宮總本社であります兵庫県の攝津西宮神社より御分霊を戴き、この雑司が谷の地にご鎮座されました。
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写真:平成二十二年九月二十九日 鎮座祭にて撮影


大鳥神社 境内社 西宮神社 恵比須神
  神社名  西宮神社(にしのみやじんじゃ)
  御祭神  蛭児命(ひるこのみこと)
  創建    平成二十二年九月二十九日
  例祭日  九月二十九日
  御神徳  福徳招来・商売繁盛・芸能上達

恵比須神について
 七福神の神で日本古来唯一の神様で、福神、商売繁盛の神として全国津々浦々に祀られている恵比須様でありますが、其の御神格については諸説取り沙汰されており、その中でももっとも一番古くから語られているのが、『古事記』『日本書紀』の国生みの段に登場するヒルコ蛭子)の神で、現在、えびす宮総本社と呼ばれる西宮神社の主祭神でもあります。
 此の神は、伊邪那岐・伊邪那美の神が日本国土を創生する際に、其の御子として生まれました。記紀では形を成さない子であった為、葦で編んで作った天磐樟船(あめのいわくすふね)に入れて流しやってしまったと記されています。
 記紀の成立した奈良時代初期から平安時代までは文献上、ヒルコ神=えびす神とする記述はないのですが、下って鎌倉時代の『神皇正統録』『源平盛衰記』には、次のような記事が登場します。
 『蛭子(ひるこ)は三年迄足立たぬ尊(みこと)とておはしければ、天磐樟船(あめのいわくすふね)に乗せ奉り、大海が原に推し出して流され給ひしが、攝津の国に流れ寄りて、海を領する神となりて、夷三郎(えびすさぶろう)殿と顕れ給うて、西の宮におはします』(源平盛衰記)

 また、西宮には次のような古くから伝わる伝説があります。
『昔、鳴尾(なるお)浦の漁師が、武庫(むこ)沖で夜漁をしていたとき、いつもより網が重くなり止まったので、その地の里人と相談してここに宮代を建て鎮め奉った。これが現在の西宮神社である。』
 次に、もう一方のえびす様である事代主神については、事代主神は、出雲美保神社(島根県八束群美保関町)で御祭神と仰がれるえびす様で、『日本書紀』によれば、大国主の子として出雲國の三穂之碕(美保の崎)で魚釣りを楽しんでいた時、熊野諸手船(くまのもろたぶね)〈別名天鴿船(あめのはとぶね)〉に乗ってやってきた使者、稲背脛(いなせはぎ)〈因みに大鳥神社の勧請元と考えられる鷺大明神のご祭神であります〉に対して、国譲りを受諾。
海中に八重蒼紫籬(やえあおふしがき)を作り、船枻(ふねのへ)を踏み、去ったとされています。
 この神様は海辺で釣りを楽しんでいたと伝え、えびす様の御神影と釣姿とこの故事とが結びつくようです。尚、島根県美保神社の青紫垣神事や諸手船神事は、此の伝承基づき、今に伝えられています。
 また、海外からの漂着物をえびす(いきものも含む)と呼ぶ地域もあり、漁の時に漂着物拾うと大漁になるという信仰もあります。
大鳥神社 宮司 清水雄介
(雑司が谷大鳥神社  東京都豊島区雑司が谷3-20-14 地図>>

雑司が谷七福神めぐり ⇒ こちら
大鳥神社(宮司様御寄稿) ⇒ こちら


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by kishimojinstreet1 | 2012-12-28 15:49 | 大鳥神社
屠蘇散(おとそ)入荷しています。 (キク薬局)
a0134276_21402114.jpg 屠蘇は、嵯峨天皇の御代に唐の蘇明(そうめい)という人が来朝の際絹の袋に入れた屠蘇白散(とそさん)と称する霊薬を献上し、嵯峨天皇は正月三が日お神酒にこれを浸し御呑みになったのが始まりといわれています。
 「屠蘇」とは、「蘇」という悪鬼を屠(ほふ)るという意味であり、以来、一年間の邪気を払い長寿を願うお正月にかかかせない儀式となりました。

 屠蘇散は、『本草綱目』(漢方薬の基本書)にも載っている漢方薬で、
一説には三国時代の名医・華佗の処方によるものと言われています。

作り方
清酒約一合に本品一袋を6~7時間浸し、みりん(2~3割)又は砂糖(小さじ2~3杯)を加えてお召上がり下さい。
 内容量:2g2袋入り(ティーバッグタイプ)

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(雑司が谷 鬼子母神通り商店街 マップNo.418 キク薬局

by kishimojinstreet1 | 2012-12-21 13:00 | キク薬局